ベランダ・庭で生物多様性を育む 手間をかけない「何もしない」エリアの作り方
都市における生物多様性の重要性と自宅でできること
都市環境においても、多様な生物が共存する「生物多様性」は、私たちの暮らしを豊かにし、健全な生態系を維持するために非常に重要です。しかし、アスファルトやコンクリートに囲まれた都市部では、生き物が暮らせる場所が限られています。
このような状況の中、お住まいのベランダや小さなお庭は、都市の生物多様性を高めるための貴重な拠点となり得ます。特別な知識や広いスペースがなくても、少しの工夫で様々な生き物を迎える環境を作ることができます。
この記事では、特にガーデニング経験が少ない方や、忙しくてあまり手間をかけられないという方に向けて、「何もしない」ことによって生物多様性を育むという、手軽で効果的な方法をご紹介します。
なぜ「何もしない」場所が生物多様性に良いのか
ガーデニングでは、きれいな状態を保つために、枯れた葉や茎を取り除いたり、落ち葉を掃除したりすることが一般的です。しかし、生物多様性の観点から見ると、これらは多くの生き物にとって大切な資源や隠れ家となります。
枯れた植物や落ち葉、枯れ枝などは、「デトリタス」と呼ばれ、これらを分解する微生物や昆虫の食料となります。また、これらの隙間や内部は、クモやダンゴムシ、ヤスデといった小さな生き物にとって安全な隠れ家や越冬場所となります。さらに、植物の枯れた茎の中に産卵したり、種子を食料にしたりする昆虫もいます。
このように、人間が「きれいに片付けたい」と思う場所も、自然界では多様な生き物の営みを支える重要な役割を果たしています。「何もしない」エリアを作るということは、こうした自然のサイクルの一部を意図的に取り戻し、様々な生き物が利用できる環境を提供することにつながります。
ベランダや庭に「何もしない」エリアを作る具体的なステップ
「何もしない」エリアといっても、どこに、どのくらいの範囲で作れば良いのでしょうか。自宅の状況に合わせて、手軽に始められる方法をご紹介します。
1. 場所を選ぶ
- ベランダの場合:
- いくつかの鉢植えがあるなら、その中の1〜2鉢を「何もしない」エリアとして指定します。
- 大きなプランターの一部を、あえて手入れしないゾーンとして区切ることもできます。
- ベランダの隅や、あまり目につかない場所を選ぶと、見た目を気にしすぎることもありません。
- 庭の場合:
- 庭の片隅や、建物の陰になる部分など、比較的目立たない場所を選びます。
- 庭全体の一部、例えば1平方メートル程度の小さなエリアを設定します。
- 通路から離れた場所や、特定の植え込みの足元などを活用できます。
場所を選ぶ際のポイントは、「完全に放置するわけではない」ということです。あくまで生物多様性を育む目的で、そのエリアだけ手入れの方法を変えるという意識を持つことが大切です。
2. エリア内で「しない」こと、そして「すること」
選んだエリアでは、以下のことを「しない」ように心がけます。
- 枯れた植物、茎、葉、種子を取り除かない: 植わっている植物が枯れても、すぐに抜かずにそのままにしておきます。落ちた葉も掃除せず、地面(鉢の中の土)に積もらせます。
- 落ち葉や小さな枯れ枝を足す: もし他の場所から出た落ち葉や小さな枯れ枝があれば、このエリアに集めて置きます。
- 土をむき出しにしない: 植物が枯れた後も、根や枯れ茎が土を覆います。もし土がむき出しになるようであれば、他の場所の落ち葉などを敷き詰めて、土壌生物の活動を助けます。
- 必要以上の草刈りをしない: もし小さな雑草が生えてきても、生き物の隠れ家になる可能性もあるため、すぐに全てを刈り取らず、一部を残すことを検討します(ただし、特定の外来植物や、近隣に迷惑をかけるような繁殖力の強い雑草は注意が必要です)。
- 農薬や化学肥料は絶対に使わない: これは「何もしない」エリアだけでなく、生物多様性を育むベランダ・庭全体で共通の原則です。
一方で、「すること」もあります。
- 観察する: そのエリアにどのような変化が起きるか、どんな生き物が訪れるかを注意深く観察します。これが最も楽しい「すること」かもしれません。
- 危険なものを取り除く: 大きな枯れ枝が落ちてきそう、といった安全上の問題がある場合は、その部分だけ対処が必要です。
- 病害が発生した場合は対処を検討: 壊滅的な病気が発生し、他の健全な植物に影響を及ぼす可能性がある場合は、病気の部分だけ取り除くなどの対応を検討します。しかし、軽微な病気や虫食いは自然なこととして受け入れる姿勢も大切です。
3. 期待できる生き物たち
「何もしない」エリアを作ることで、以下のような生き物が訪れたり、そこで暮らしたりする可能性があります。
- 昆虫類: 枯れ葉の下に隠れるゴミムシやオオヒラタシデムシ、枯れた茎の中で越冬するハナアブの仲間、落ち葉や枯れ枝を分解するダンゴムシやヤスデ、地面を這うカメムシの仲間など。
- クモ類: 隠れ場所に利用したり、やってくる小さな虫を捕まえたりします。
- 土壌生物: 目には見えにくいですが、ミミズ、トビムシ、ダニなどが落ち葉や枯死植物を分解し、土を豊かにしてくれます。
- 鳥類: 枯れた植物の種子を食べに来たり、エリアにいる昆虫を探したりするかもしれません。
これらの生き物は、ガーデニングにおける「害虫」の天敵(益虫)であったり、植物の生育を助ける土壌を作ってくれたり、生態系のバランスを保つ上で重要な役割を果たしています。
「虫が増えるのでは?」という懸念について
「何もしない」エリアを作ることで、確かに様々な虫が増える可能性があります。しかし、都市の生物多様性を高めることは、特定の虫だけが異常に増えるのではなく、多様な生き物がお互いの数を抑制し合う、より安定した生態系を作ることを目指しています。
例えば、アブラムシが増えれば、それを食べるテントウムシやアブの幼虫が増えます。毛虫が増えれば、それを捕食する鳥や寄生するハチがやってくるかもしれません。このように、多様な生き物がいる環境では、特定の「害虫」だけが大発生するリスクは、単一の植物しかない環境よりも低くなる傾向があります。
もちろん、絶対に不快な虫が来ないとは言い切れませんが、多くの場合、現れるのは自然界で地道な役割を果たしている生き物たちです。観察を通じて、それぞれの生き物が持つ役割を知ることで、虫に対する見方が変わることもあります。どうしても気になる場合は、そのエリアを限定的にするなど、無理のない範囲で取り組むことが大切です。
費用と管理の手間について
この「何もしない」エリアづくりにかかる費用は、ほぼゼロです。特別な資材を購入する必要はありません。ベランダの鉢植えの一部や、庭の片隅を活用するだけです。
管理の手間も、通常のガーデニングに比べて格段にかかりません。草刈りや掃除、水やり(自然の雨や朝露に任せる部分が多くなります)といった作業をあえて「しない」のですから、むしろ手間が省けます。ただし、前述のように全く何もしないわけではなく、時々観察したり、安全に関わる部分だけ手入れをしたりすることは必要です。
まとめ
都市のベランダや庭で生物多様性を高める方法は様々ありますが、「何もしない」エリアを作ることは、最も手軽に始められる方法の一つです。枯れた植物や落ち葉を残すという、一見「放置」に見える行為が、実は多くの生き物にとって大切な環境を提供し、都市の生態系を豊かにすることにつながります。
完璧を目指す必要はありません。ベランダの鉢の片隅や、庭のほんの小さなスペースから始めてみるだけでも、新しい発見や、身近な自然との繋がりを感じられるはずです。ぜひ、あなたの「おうち」に、生き物のための「何もしない」場所を作ってみてください。