都市のベランダ・庭に生き物を呼ぶ 色と形に注目した植物の選び方
都市のベランダ・庭で生物多様性を育む
都市における生物多様性の低下は、私たちの身近な環境に様々な影響を与えています。公園や自然の多い場所が少ない都市部では、限られたスペースであるベランダや庭が、小さな生物たちの貴重な生息場所や休憩場所となり得ます。ご自宅のベランダや庭で少し工夫を凝らすだけで、チョウやハチ、様々な昆虫、小さな鳥など、都市の生物多様性を支える一員となることができます。
本記事では、特にガーデニング経験が少ない方や、ベランダのような狭いスペースでの実践を考えている方に向けて、植物の「色」と「形」に注目した、手軽に始められる生物多様性ガーデンの作り方をご紹介します。特定の植物を植えることで、どのような生き物が集まりやすいのか、その理由も含めて具体的に解説します。
なぜ植物の「色」と「形」が生き物を招くのか
植物は、多くの場合、花の色や形、香りを変化させることで、特定の生き物(特に昆虫や鳥などの送粉者)を惹きつけ、受粉を助けてもらっています。生き物側も、特定の色の花や特定の形の花に蜜や花粉があることを記憶し、効率よく食料を得ようとします。この植物と生き物の間の特別な関係を利用することで、私たちのベランダや庭に多様な生き物を招くことができるのです。
例えば、
- 赤色の花: 多くの昆虫は赤色を識別しにくいと言われますが、鳥(特にハチドリなど、日本ではメジロなど)は赤色を好む傾向があります。長い嘴を持つ鳥が蜜を吸いやすいように、筒状の赤い花は鳥媒花として進化しました。
- 黄色や青、紫色の花: これらは多くのハチやチョウが好む色です。ミツバチやマルハナバチは紫外線も認識でき、人間には見えない蜜標(ネクターガイド)を持つ花もあります。
- 白色や淡色の花: 夜に目立つため、夜行性のガなどを惹きつけやすい色です。香りが強い種類が多いのも特徴です。
- 筒状や唇形の花: 口が長いマルハナバチやホウジャク(ガの一種)などが蜜を吸いやすい構造です。
- 皿状や開放的な花: 小型のハチやハナムグリ、ハエなど、多様な昆虫がアクセスしやすい形状です。花粉を得やすいものも多くあります。
これらの特性を理解し、意図的に様々な色や形の植物を組み合わせることで、より多くの種類の生き物を呼び寄せることが可能になります。
都市のベランダ・庭に招きたい生き物と植物の選び方
ベランダや庭に招きたい代表的な生き物には、チョウ、ハチ(ミツバチやマルハナバチ)、アブやハエの仲間、テントウムシなどの益虫、そして小さな鳥などがいます。それぞれの生き物がある程度好む植物の色や形、特徴があります。
ここでは、初心者の方でも比較的育てやすく、都市環境で入手しやすい植物を中心に、いくつか具体例を挙げます。
チョウやハチを招く植物
- 色: 黄色、青、紫、ピンクなど
- 形: 皿状、筒状、または小さな花が集まって咲くタイプ
- 具体的な植物:
- ラベンダー(紫、芳香):ハチやチョウに人気です。日当たりと風通しの良い場所を好みます。
- サルビア(赤、紫、青など、筒状):様々な種類のサルビアがあり、チョウやハチ、ホウジャクなどが訪れます。
- マリーゴールド(黄色、オレンジ、皿状):比較的育てやすく、多くの昆虫が集まります。
- コスモス(ピンク、白、赤、黄色、皿状):秋を代表する花ですが、種類によっては初夏から咲き、チョウやハチを惹きつけます。
- バジルやミントなどのハーブ(白、紫、小さな花):花が咲くとハチなどがよく訪れます。食用にもなり、一石二鳥です。
夜の生き物(ガなど)を招く植物
- 色: 白、淡色
- 形: 目立ちやすいもの、芳香があるものが多い
- 具体的な植物:
- マツヨイグサ(宵待草)(黄色、夜咲き):夕方から花が開き、夜行性のガなどが訪れます。
- ニホンハッカ(白、小さな花):ミントの仲間で、夜に活動するハチやガが訪れることがあります。
鳥を招く植物
鳥は花の色だけでなく、実や種子、植物にとまる場所そのものも利用します。
- 赤い実をつける植物: ピラカンサ、センリョウ、マンリョウなど(ベランダでは鉢植えで小型の品種を選ぶと良いでしょう)
- 種子をつける植物: コスモス、ヒマワリなど。花が終わった後もすぐに刈り取らずに残しておくと、鳥が種子を食べに来ることがあります。
- 隠れ場所になるような茂みを作る: 小さな木や背丈のある草を組み合わせることも有効です。
初心者でもできる実践ステップ
- スペースの確認と計画: ベランダの日当たりや風通しを確認します。どのくらいの広さで、どんな植物を置けるかイメージしましょう。
- 植物の選定: 上記のリストなどを参考に、惹きつけたい生き物や育てやすさで植物を選びます。最初は2〜3種類から始めるのがおすすめです。近隣の園芸店で相談するのも良いでしょう。地域にあった植物を知ることができます。
- 必要なものの準備: 鉢(スリット鉢は根張りが良い)、植物用の土、鉢底石、ジョウロ、簡単なスコップなどを揃えます。100円ショップやホームセンターで手軽に入手できます。
- 植え付け: 鉢底石を敷き、土を入れ、苗を植え付けます。購入した苗ポットよりも一回り大きな鉢を選ぶと、根がしっかり張ります。
- 日々の管理: 基本的な水やり、適切な場所に置くこと(日向を好むか日陰を好むかなど、植物によります)を行います。慣れてきたら、月に一度程度の液肥を与えるとさらに元気に育ちます。
成功のためのポイントと読者が抱きがちな懸念への対応
- 多様性が鍵: 特定の色や形の植物だけでなく、異なる性質を持つ植物を組み合わせることで、より多くの種類の生き物を惹きつけ、生物多様性の豊かな空間に近づけることができます。ハーブや野菜など、他の目的の植物と混ぜて植える「コンパニオンプランツ」のような考え方も、小さな生態系を作る上で役立ちます。
- 無農薬・減農薬: 生き物を招くことが目的なので、農薬の使用は避けるか最小限に留めることが非常に重要です。農薬は目的以外の昆虫なども殺してしまい、せっかく来た生き物にも悪影響を与えます。多少の虫食いは自然なことと受け入れましょう。
- 「虫が増えるのでは?」という懸念について: 都市のベランダや庭に植物を置くと、確かに虫は来ます。しかし、生物多様性が豊かになると、テントウムシ(アブラムシを食べる益虫)やカマキリ、クモなど、他の虫を捕食する生き物もやってくる可能性が高まります。これにより、特定の「害虫」だけが異常に増える状況が抑制され、生態系のバランスが保たれやすくなります。怖い虫が来るのではという不安もあるかもしれませんが、よく観察すると、多くの虫は植物の周りに留まり、人間に直接的な危害を加えることはほとんどありません。観察することで、虫への見方が変わることもあります。
- 費用を抑える工夫: 高価な苗を買わなくても、種から育てる、挿し木や株分けで増やす、知人から分けてもらう、地域のイベントで苗を入手するなど、費用をかけずに始める方法もあります。100円ショップの種や鉢を利用するのも良いでしょう。
- 完璧を目指さない: ガーデニング初心者にとって、全てを完璧に行うのは難しいかもしれません。植物が枯れてしまったり、思うように虫が来なかったりすることもあるでしょう。しかし、これも学びの過程です。なぜうまくいかなかったのかを考え、次に活かすことが大切です。まずは手軽に始められる植物から試してみて、少しずつできることを増やしていくのがおすすめです。
まとめ
都市のベランダや庭で植物を育てることは、単なる趣味としてだけでなく、失われつつある都市の生物多様性を回復させ、豊かな生態系を身近に感じられる素晴らしい取り組みです。特に植物の色や形に注目して選ぶことは、初心者の方でも目的意識を持って植物を選べる具体的な手がかりとなります。
小さなスペースでも、様々な色や形の植物を配置することで、思いがけない生き物との出会いが生まれるかもしれません。ぜひ、ご自宅のベランダや庭を、都市の小さな生物多様性の拠点に育ててみてください。