ベランダを縦に広げる生物多様性 手軽な壁面・ハンギング活用法
はじめに
都市部にお住まいの方にとって、自然と触れ合う機会は限られているかもしれません。しかし、小さなベランダや庭の片隅でも、生き物の賑わいを取り戻し、都市の生物多様性を高める貢献が可能です。「おうちで生物多様性」では、このような身近な空間でできる具体的な方法をご紹介しています。
今回は、特にベランダなどの限られたスペースを最大限に活用するための「立体的な工夫」に焦点を当てます。地面やプランターだけでなく、壁面や上空を利用することで、より多くの植物を育て、多様な生き物を迎えることができるのです。
ガーデニングの経験がない方でも手軽に始められるアイデアを中心に、立体的な空間作りがなぜ生物多様性の向上につながるのか、具体的な方法やおすすめの植物、そして気になる費用や虫への配慮についても詳しくご説明します。
なぜベランダの立体活用が生物多様性を高めるのか
都市環境では、地表面の緑が少なく、生き物にとって移動や隠れ場所が限られがちです。ベランダで植物を育てるだけでも効果はありますが、空間を立体的に利用することで、さらに生物多様性を高める効果が期待できます。
- 多様な環境の創出: 地上だけでなく、壁面や空中など、高低差のある空間を作ることで、日当たりや風通し、湿度などが異なる多様な微細環境が生まれます。これにより、様々な環境を好む異なる種類の植物や生き物が生息しやすくなります。
- 移動経路と隠れ家の提供: ツル性の植物を壁面に這わせたり、ハンギングバスケットを吊るしたりすることで、チョウやハチなどの飛翔性昆虫や、小さな鳥などが休憩したり移動したりするための足場や隠れ家を提供できます。
- 植栽量の増加: 限られた床面積でも、壁面や空中のスペースを使うことで、より多くの植物を植えることが可能になります。植物の種類が増えれば、それを餌とする昆虫や、その昆虫を餌とする生き物など、食料網が豊かになり、多様な生き物を支えることにつながります。
ベランダを縦に広げる具体的なアイデア
手軽に始められるベランダの立体活用アイデアをいくつかご紹介します。
1. 壁面を活用する
ベランダの壁面は、比較的広いスペースとして活用できます。
- ワイヤーネットやラティス: ホームセンターなどで手軽に入手できます。これらを設置し、ツル性の植物を絡ませたり、小型の鉢をフックで吊るしたりします。壁全体を覆うように設置すれば、緑のカーテン効果も期待できます。
- 壁掛けプランター: 専用のポケット状のプランターや、複数の鉢を縦に連結できるタイプなどがあります。土の量が限られるため、乾燥しやすい点に注意が必要です。
- 棚やラック: 段差のある棚やラックを設置することで、鉢植えを立体的に配置できます。下段は日陰を好む植物、上段は日向を好む植物といった配置も可能です。
2. 吊るす(ハンギング)
ベランダの手すりや物干し竿、天井などから吊るす方法です。
- ハンギングバスケット: 軽量な植物や垂れ下がる植物におすすめです。S字フックや専用の金具で簡単に設置できます。
- ウォールポケット: フェルト製などのウォールポケットも、軽量な植物を育てるのに利用できます。ただし、水持ちが良くない場合があるため、植物選びが重要です。
3. 高低差のある配置
既存の棚やブロックなどを活用して、鉢植えに高低差をつけるだけでも立体的な空間が生まれます。使わなくなった空き箱などを利用する手もありますが、耐久性や安全性を確認してください。
立体活用におすすめの植物
立体空間の特性(風通しが良い、乾燥しやすい、壁面の反射熱など)を考慮した植物選びが重要です。生物多様性向上には、在来種や、チョウ・ハチの蜜源・食草となる植物、昆虫の隠れ場所となるような茂みを作る植物などが適しています。
- ツル性植物: ヘデラ(アイビー)類(場所により要注意)、テイカカズラ、クレマチス、または食用にもなるキュウリやゴーヤ(夏場の緑のカーテンに)など。壁面やラティスに絡ませることで、立体的な緑の層を作ります。
- 垂れ下がる植物: ディコンドラ、ワイヤープランツ、または匍匐性のタイムやクリーピングタイムなど。ハンギングバスケットから垂らすことで、空間に動きが出ます。
- 小型の草花やハーブ: 壁掛けプランターや小型鉢、ウォールポケット向き。タイム、ミント類(繁殖力注意)、セダム類、またはスミレやカタバミなどの身近な野草。これらは小型の昆虫の休憩場所や食草となり得ます。
植物を選ぶ際は、ご自身のベランダの日当たり、風通し、管理できる頻度などを考慮してください。ホームセンターや園芸店で、「ハンギング向き」「シェードガーデン向き(日陰向け)」などの表示を参考にすると良いでしょう。可能であれば、地域の在来種を取り扱う店舗やインターネット通販も利用してみてください。
実践のポイントと注意点
1. 設置場所と安全性の確認
壁面の強度、手すりの耐荷重などを確認してください。特に、鉢に土と水が入るとかなりの重量になります。落下防止策をしっかりと講じることが最も重要です。台風などの強風時は、安全な場所に移動させるか、固定を強化するなどの対策が必要です。
2. 水やりと管理
立体的な空間は風通しが良い反面、土が乾燥しやすくなります。特にハンギングバスケットや壁掛けプランターは注意が必要です。水やりの頻度を増やすか、水持ちの良い土を選んだり、自動水やり器の利用も検討したりしてください。また、壁面に近い部分は風通しが悪くなることもあり、植物の様子をよく観察することが大切です。
3. 費用目安と低コストアイデア
大規模に行わない限り、それほど高額にはなりません。ワイヤーネットやS字フック、鉢などは100円ショップでも入手可能です。ラティスや専用プランターでも、数千円程度から始められます。不要になったペットボトルや食品トレーなどを工夫して再利用するのも低コストで環境にも配慮した方法ですが、見た目や安全性を考慮して使用してください。
4. 虫が増えるのでは?という懸念について
生物多様性を高める活動において、「虫が増えること」への不安を感じる方もいらっしゃるかもしれません。確かに植物が増えれば様々な昆虫が集まる可能性は高まります。しかし、生物多様性が豊かな環境では、植物を食べる虫(害虫とされることもあります)だけでなく、その虫を食べるテントウムシやカマキリなどの益虫、クモや鳥なども集まってきます。これらの生き物が相互に関係し合うことで、特定の種類の虫が異常に増えることが抑制される、自然のバランスが働くことが期待できます。
過度に恐れる必要はありません。もし気になる虫がいたとしても、すぐに殺虫剤を使うのではなく、まずどのような虫なのか観察してみてください。自然の力でバランスが取れていく様子を見守ることも、生物多様性を学ぶ貴重な機会となります。どうしても気になる場合は、特定の虫だけを手で取り除くなど、生物全体への影響が少ない方法を検討しましょう。
5. 失敗を恐れずに楽しむ
初めての立体ガーデニングで、上手くいかない植物もあるかもしれません。日照や水やりが原因の場合が多いですが、焦らず、植物の種類を変えてみる、場所を変えてみるなど試行錯誤を楽しんでください。丈夫で管理しやすい植物から始めるのがおすすめです。
まとめ
ベランダの限られたスペースでも、壁面や上空といった「縦の空間」を活用することで、植栽量を増やし、多様な環境を作り出すことが可能です。これにより、チョウやハチなどの昆虫、そしてそれらを巡る様々な生き物が集まる、小さな生物多様性の拠点を自宅に作ることができます。
立体活用は、手軽なワイヤーネットやハンギングバスケットから、本格的な壁面緑化システムまで様々な方法があります。ご自身のライフスタイルや予算に合わせて、できることから少しずつ始めてみてください。
植物を育て、そこに集まる小さな生き物たちを観察することは、都市に暮らす私たちに自然とのつながりや癒やしをもたらしてくれます。そして、それは巡り巡って、都市全体の生物多様性の向上にも貢献する貴重な一歩となるのです。ぜひ、ベランダの可能性を広げて、生物多様性あふれる空間作りを楽しんでください。